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「ちょっと 昔のお話を・・」
”おはなやさん”のお仕事[2]
創苑産業株式会社 FlowerCoordinate創苑 
千代早苗さん


やっと母の日が終わりました。

今年は母の日Weekが多忙で、しかも同じ日に、別の大きなお仕事もいただき なかなかvol.2がお届できませんでした。

ちょっと 昔のお話を・・

私は ちょっと親しくなった友人はみんなが見とめる典型的なB型で、めったに過去を振り返りません。
だからと言って 忘れているわけでもなくて昔の事は、逆によくよく記憶しているほうです。
だから忘れて暮らしたいので 前しか見ないいき方になっていると 思います。

大学では 国際関係・中国語が専門でした。やっと日中国交正常化に調印されたとき。そのとき わたしは・・・台湾の大学にいました。(今でいうところの語学留学) 

それなのに なあぜ?おはなやさん???

これが 人生の七不思議!っていうもんです。

20年前は まだうちの会社は造園が主体でした。株式会社といっても 舅が社長 姑が副社長、夫が専務、造園の契約社員が1人、わたしは社員でもなく、パートでもなく、一月三万円の若嫁さんでした。 まだ 商品の中心は 仏花、いけばな教室のお稽古花、お葬式の花、開店祝のお花・・・この頃はまだ花輪がありました。配達にも軽トラックを使ったりしましたね

色使いも 田舎くさかったですね。パステル調の色使いで 花束をおつくりしても
「さみしいから 赤いカーネーション加えてください」
って 言われちゃう・・・
私のいけばなの師匠の趣味と全然あわなくてこまりました。

バラの花を 田舎の花屋にしてはいつもおいていましたが、売れる事は少なかったです。売れずに咲いてしまったバラを家にもって帰ってはそこらじゅうに ぶら下げて ドライフラワーにしていました。もちろん 今ではそんなに余る花はありませんよ。

JAが農協だったころ、 ここのマーケットに花をおろしていました。毎日の大切な売上を確保するため毎日5件のマーケットに花を配達しました。今 思うとこの日銭というのはバカになりません。 そして 大きな仕事 パチンコやさん ビジネスホテルスナック・・・開店祝のお花は 現金で入金されます。お正月には テントをはらせていただき、景気よく 店頭で売らせていただきました。まいとし お客様がついて、お得意様ができたのです。

つづく・・・    

さなえ@しが(文:写真とも)

■”おはなやさん”のお仕事[3]
「自分の考えで動きたいわたしです。わたしの個性、キャラクターで 人を引きつけたかった。どんなに頑張っているつもりでも,わたしは "お花屋サンの若嫁さん"でした。」 (2000.6.14UPDATA)


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