*** Lucyみさおの逃亡日記セブ編:Misao's cebu Report ***
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【Misao's cebu Report(10)】
=Magellans's cross=
DATE:2001.07.27 at Magellan's cross
REPORT&PHOTO:石谷みさお(りぶらぶりんくドットコム)


マジェランの到着は偶然でしかなかった。
もともと彼には新航路を発見する気も、未知の島に到着する気もさらさらなかった。キリスト教の宣教など夢にも思わなかったはずだ。(たとえそれが大義名分の中にあったとしても)その彼が、偶然到着したこの島で、一番最初にしたのは、宣教だった。

言葉も考え方も違う民族と如何にして友好関係を結ぶか。この重大な問題を前にしたとき、そこに普遍的な思想が必要になる。それがこの時代のヨーロッパにおけるキリスト教だろう。キリスト教の拡大は、植民地支配の拡大と比例する。

マジェランズクロスはその名のとおり、彼が洗礼のために建てた十字架だ。今では上品な六角堂の中にあるが、当初はむき出しの状態だったらしい。十字架そのものは、何の装飾もなく、黒く大きな形でしかない。しかし、その変哲のなさが却って威圧感を与えるから不思議だ。

この六角堂の入り口付近には、多くの物乞いがいる。小さな子供から老女まで、セブという安全な町の中にあって、ここだけは様相が異なる。歴史の古い場所は、その町の暗部を垣間見せる。これは日本でも、いや、世界中どこへ行っても同じだ。

マジェランは島民に最初の洗礼を与えた13日後、マクタン島の首長ラプラプに殺害される。その後40年以上の時間を経た1565年4月27日、スペインによるフィリピン支配の幕は開けた。

石谷みさお(いしたにみさお)

セブ島旅行:ワンポイント

旅の前でも後でもいいんですが、その土地の歴史を少し調べてみると、いろいろ違う角度からものが見られたりして面白いものです。今回は、私がこのリポート(10)を書くにあたり調べた舞台裏を少しご紹介します。

<マジェランの目的>
本来の目的は、トリデシリャス条約に基づき、モルッカス諸島などの香料の原産地がスペインのものか否かを確認するものだった。この航海で、モルッカスはスペインのものではないと確認された。

<マジェランの航海>
彼は1519年9月20日にモルッカ諸島を目指してサンルカを出発した。航海は1年5ヶ月に及び、ブラジル、パタゴニア、グアムを経て1521年3月17日、モルッカス諸島とは北に約15度離れたサマール島に偶然到着。

<最初の洗礼>
1521年4月14日、ここセブ島で、一番最初に洗礼を受けたのは、セブ島首長フマボンとその家族、そして800人の島民。洗礼を与えたのはペドロバルデラマ神父。

<ラプラプ>
マクタン首長ラプラプはフィリピンの偉大な英雄として現在もこの国の人々に深く尊敬され続けている。

<モスリムのこと>
スペインによる伝道以前にスルー諸島とミンダナオ島ではイスラム教が浸透していた。結果、スペインもこの地域を征服することはできなかった。

<フィリピンの宗教>
1)ローマンカソリック83%
2)プロテスタント9%
3)モスリム(イスラム)5% 
4)その他3% 

参考文献
1、週刊朝日増刊:司馬遼太郎が語る日本:未公開講演録Y完結編
2、エリアガイド海外フィリピン:大脇誉次著、昭文社
3、PHILIPPINES ( Know and Appreciate Our Home Land)
by Worldlink Marketing Corporation, Phirippines.
4、フィリピンアカデミックネット    Lucyみさおの逃亡日記セブ編(11)へ



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