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「そこにある姿についての洞察」(4)
岡田恭幸 (同志社大学法学部法律学科2回生)* プロフィール
E-mail:SNC01192@nifty.com

―私は、またもや鏡の前に立っているのか―
これは、醜い老人の目の前に立っている、もう一人の醜い老人を見た時の彼の感想である。その瞬間、左右対称、うり2つの自分の姿が目の前にあったのだ。そして老人の額から流れ落ちる冷や汗を腕で拭えば、彼も同じ動きをやってのけた。・・・しかし2人の間を遮る鏡はそこに無い。ともかく彼は絶句した。しかし彼の耳の奥には、いつまでも目の前の老人のその言葉が、薄笑いを浮かべながらへばりついていた。
「ねえ、こんばんは、おじいいさん。残念だけど君はもうすぐ死ぬんだ。」
彼は続けた。
「もう十分生きたでしょ。おじいさん。おめおめと十分、生き恥をさらしてきたでしょ。結局、小説家になんてなれっこなかったじゃない。時間の無駄だったんだよ。
うふふ。若い時、君は一体何をしていたんだい?自分から人を遠避けて小説を書いているふりをしていましたね?そうそう、そうです。若いうちは”夢”という逃げ道に向かうように逃げ込んで、そんな姿ですら正当化できますものねえ。いやあ、楽でした。楽でした。いわゆる”自分探し”ですか?苦悩する文学青年のふりをして何の事はない。自分の無能さを認めたくなかっただけでしょう?私は1作だって君の完成した小説を読んだ事がないんですからね。」
老人の冷や汗と目の色の変化が手にとるように分かる。もう一押しで彼は死を余儀なく選択するだろう。そこで、もう一押してみた。
「そもそも君は小説家になる気なんて、最初から無かったんじゃないの?甘美な響きに酔いしれて、現実逃避に最適な職業。そこでは自分を声高に主張できるんだ。苦労少なげにね。そう思ったから君は小説家を選んだ。ああ、気にしなくったっていいよ。動機なんてものは、いつだって不純なものなんだからさ。でも、どうやら君は小説家になるという事がどういう事か全く分かっていないようだね。謝りなさい。世界中の小説家に。君には小説家になる資格も資質も無いよ。いやあ、才能の無い奴が苦しむ姿ほど滑稽なものは無いねぇ。」
さらに彼は続けた。
「これ以上君が生き続ける事に何の意味や価値があるんだい?えっ、何?愛する者のために生きる?おっと、あなたは独りなんだよ。決定的にに独りなんだよ。あなたは誰からも必要とされていないんだよ。誰からも。だって、これ以上生き続けても辛いだけでしょ?」
彼はそう言い終えると、ニヤリと口を閉じた。
「私は死にたくない!」と老人には叫ぶ事ができなかった。何故なら彼には逃げ癖が染み付いているからだ。
―死にたいけど死にたくない―
そして老人は永遠に死の訪れない場所に逃避したくなった。次の瞬間、老人は目の前の老人に哀願していた。やはりここでも彼は醜かった。
彼は小説にこそ才能は無かったものの、こうして人の優しさに付け込んで、自分の弱さや醜さを正当化したり詐称して同情を引く術に関しては、しばしばその才能を発揮して見せた。これは彼が自分で逃げ道を見つける事ができなくなってしまった時、自分の代わりに他人に逃げ道を探し当ててもらうために、彼が使い続けてきた常套手段である。彼の逃げ癖というものは我々が思っているより、ずっと酷いものである。
「やれやれ、仕方ない・・・」
彼の目の前の老人は、溜息を吐き出しながらそう言った。それから、どうしようもない自分の子供に接する時の親心のような表情でこう言った。
「じゃあ、これから私の言うことを、よく聞いてください。そうすれば、あなたの願いを叶えてあげましょう。あなたは死にたいけど、死にたくないんですよね?」

岡田恭幸

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