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「そこにある姿についての洞察」(6)
岡田恭幸 (同志社大学法学部法律学科2回生)* プロフィール
E-mail:SNC01192@nifty.com

「あなた、もういい加減に起きて。今何時だと思っているの?マイナス五時よ。朝ご飯さっさと食べちゃってちょうだい。片付かないじゃないの。」
醜い老人は、全く見覚えの無い場所の、全く見覚えの無いベッドの上で目を覚ますと、目の前には全く見覚えの無い女が立っていた。
「お前は誰じゃ?」
怪訝そうに女は顔をしかめたが、よく見ると、なかなか器量の良い女であった。
「やだよー、この人は。自分の女房の顔も忘れちまったのかい?寝ぼけてるね。顔でも洗っておいで。」
ふと、醜い老人の視界に飛び込んできた置時計の方を向くと、左回転の秒針はマイナス5時に差し掛かろうとするところだった。
「おい、マイナス五時とは何だ?」
「なんだい、さきから変な事ばかり聞いて。マイナス五時はマイナス五時じゃないのさ。あなた、まだ、78歳なのに、もうボケちまったのかい?しっかりしておくれよ。さっ、顔洗った、洗った。」
醜い老人はベッドから強引にひっぱり出され、洗面所の鏡の前まで女に連れて行かれたが、その間、いつものように体の節々が痛むという事は無く、むしろ体は軽い程であった。
「なあ、今日は不思議と体が軽いんだ。」
「はっ?」
女は呆れたように言った。少し混乱しているようだった。しかし、今混乱しているのは醜い老人の方だ。暗闇にいて、気が付くと全く見覚えの無いベッドの上、そして今、洗面所の鏡の前にいるのだ。その隣では、全く見覚えの無い女が、自分の妻と名乗っているのだから。
「何が不思議なもんかね、あなたは老人、青春真っ盛りじゃないの。今から体が動かないんじゃ、若者に笑われちまうよ。」
何かがおかしいと、醜い老人は思ったが、あえて考えない事にした。そもそも考えたからといって、分かるような事でもななさそうだという事が分かっていたからだ。 
                                      
目の前の鏡を彼は覗き込んだ。そこには、訝しげにこちらを見つめてくる目が在った。幼い時、鏡を覗き込んで、鏡の中の、もう一人の自分の世界を羨ましく思い、そこに行ってみたいと考えた事があったなあと、取り留めの無い事を思い出しながら、醜い老人は顔を洗った。顔を洗うと随分、目が覚めたように感じた。
しかし、蛇口をひねっても水は止まらなかった。
「おい、水が止まらないぞ、故障か?」
「何、言ってんの?水は一度流れ出したら、二度と止まらないものよ。」
しばらく、沈黙が続いたが、女が沈黙を破った。
「ねえ、あなたきっと病気なんだわ。少し遠いけど海沿いに素敵な精神病院があるの。今日はお天気も好い事だし、ドライブのついでに診察してもらいましょうよ、ねっ?」
「私はどこもおかしくない!」
「はいはい、わかったわ、仕度するから、ちょっと待っててちょうだい。」
マイナス四十分後、黄色い車に乗った二人は少し遠い海沿いの素敵な精神病院に出かけた。

岡田恭幸

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