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■Lucyみさおの逃亡日記タイ・バンコック編 NO:11 私なりの礼儀■ |
ロイヤルパレスパークでカッコイイお巡りさんのランニングタイムトライアルにうっとりし、道端で、ワケわからん兄ちゃんに「あっちにでかい仏像があるから見に行こう」と声をかけられ、ワットラジャプラットやワットラジャボビットに立ち寄りながらようやく今日一番の目的地、ラク・ムアンに到着した。
バンコック。都市としての歴史はまだ浅い。約4世紀もの間、栄華を極めたアユタヤ王朝は、1767年、ビルマ軍により破壊され滅亡する。その後、わずか15年間のトンブリー王朝を経てラーマ一世により、都はバンコックに遷都された。この時、新しい都を作る基準の柱として立てられたのがラク・ムアンだ。 境内には普段着の老若男女が引きも切らずに参拝に訪れる。観光客の姿はほとんどない。仏像もない。華やかな建物もない。あるのはただ、黄金の柱だけだ。 参拝人は皆、供え物の載った盆を片手に柱の前にやってくる。靴を脱ぎ、床に座り、盆からゆっくりと蝋燭、線香を取り出して火をともし、手を合わせる。その後、蓮を備え、三色の布を黄金の柱に巻きつけて、最後に金箔を貼る。後は気の済むまで、ただ柱を見つめ、そこに座っている。 1782年4月21日午前6時45分。この街の永遠の発展を祈って立てられたこの柱には、願いごとをかなえる不思議な力が秘められているといわれる。 皆と同じお供えセットを買い、見よう見まねで参拝した。今、私に、人生をかけるような願いごとは無い。これはこれから5日間、この街で機嫌よう遊ばしてもらうためのご挨拶。私なりの礼儀。 NO:12 学習能力 ←メールマガジンバックナンバーINDEX |
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